部分最適が効きすぎて、仕組みの「外」が消えかけている

書誌情報

Key Claim

部分最適の徹底が持ち場と持ち場の間に「隙間」を生み、組織の輪郭をギザギザにする。この隙間を丸くする(埋める)のは「正しさ」や「問題意識」ではなく、「楽しさ」「熱量」といった仕組みの「外」にある物語の力である。

要旨

小さなシステムを回す日々

AIによって仕組みごと最適化が簡単になった時代。Notionのタスク管理、メールの自動振り分け、ふるさと納税の還元率最適化…「仕組みを回す」ことが「賢くなること」と混同されている。著者自身も毎日ツールをいじって精度を上げているが、「ただ小さなシステムを回すことに必死になっているだけ」という自覚を持つ。

「これでいいでしょ」の風景

書類を回すとき、自分の欄だけきっちり埋めて前後の文脈を見ない。会議で準備した数字を正確に読み上げるが、全体として何を決めたいかは自分の担当じゃない——こういう「持ち場から出ない」振る舞いが蔓延している。誰も踏み込まないから、持ち場と持ち場の間に隙間ができ、輪郭がギザギザになっていく

「置きにいってる感じ。攻めてるわけでも怠けてるわけでもなく、ただ、置きにいってる。」

遊びのない機械

機械の部品にも「遊び」がなければ噛み合わない。ぴったりに作るとかえって動かなくなる。組織・人間関係も同様。自分の持ち場の境界が少しぼやけていて隣と自然に重なっている状態(=遊びの消失(Loss of Slack)が起きていない状態)が必要。

測れるもの(売上・フォロワー数・完了タスク)だけを追うと、測れない部分が自然と痩せていく。仕組みは回るが「自分でも思ってなかったことを思いつく瞬間」が減る。

隙間をまたぐもの

「問題だと思う」→「仕組みで解決」→「また少し小さくなる」というループ。

対比として:「楽しいと思う」→「持ち場をはみ出す」→「自然に隙間を埋める」。

「たぶん、トゲトゲを丸くするのは、正しさじゃない。問題意識でもない。楽しさとか、熱量とか、そういうものだ。それは仕組みの外側にある、物語のようなものだと思う。」

ただし仕組みが淡々と回ること自体は悪ではない(ゴミ収集・信号・メールの信頼性)。問題は仕組みの「外」が消えかけていること。仕組みで回る部分と、はみ出す部分が両方あっていい——と著者は締める。

主要な概念

著者への接続

時田隆佑(トキタ企画)の一連の論点(余白の仕事つなぐ役割(Connector Role))の延長線。「余白」「つなぐ」という既存の論点を、より個人の行動・姿勢レベルで言い直した記事。

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