極端な話、いまの延長に世界がみえているか

要約

「いまの延長に世界がみえているか」という問いを軸に、仕事に「射程(どこまで届いているか)」という概念を導入した論考。射程は「ある/ない」の二値ではなく、どんな仕事にも必ず存在し、違いは長さと意識の有無だけだと論じる。

射程を伸ばす方法として「妄想(目の前のものを少し遠くまで連れていって途中の景色を想像する)」と「歴史を辿ること」を挙げる。著者自身の体験として、熊谷の花火大会がコロナ禍で中止になったとき、百年の歴史が目の前に現れ、一箇所に集まらない分散型花火大会を企画した経験が具体例として語られる。

同時に、「妄想が途中で止まる」原因は言葉にあると指摘。仕事の呼び方(「米を売る仕事」vs「土地と人をつなぐ仕事」)によって射程の入口が決まる。とりわけ外から降ってくる強い言葉(カスハラ等)は射程を縮める。

核心的な主張

  1. 射程はすべての仕事に存在する — 「ある/ない」ではなく「長さ」と「意識の有無」の問題
  2. 射程の拡張は妄想でいい — 特別な発想力は不要。目の前のものを時間軸・関係性軸で遠くまで連れていくだけ
  3. 言葉が射程を制限する — 「米を売る仕事」か「土地と人をつなぐ仕事」かで届く範囲が変わる
  4. 外から降ってくる言葉が妄想を止める — 妄想ができない人が弱いのではなく、強い言葉がそうさせている

引用

「射程は、どんな仕事にも必ずある。米を売る仕事にも、本を売る仕事にも、書類を整理する仕事にも、ある。違うのは、その長さと、それを意識できているかどうか、だけだ。」

「妄想ができないのは、たぶんその人が弱いからではなく、外から降ってくる言葉が強すぎるからだ。」

「仕組みの精度を上げることに疲れたら、いちど自分の仕事の名前を、もう少しだけ広い言葉に置き換えてみる。」

登場する参照・事例

  • ナガオカケンメイ(D&DEPARTMENT) — 商品選定の「段階」論(作り手→家業→産地→県→日本→世界→地球)として射程の構造を説明
  • 熊谷の花火大会(コロナ禍) — 百年の歴史が見えた瞬間に一箇所集中から分散型(5→10箇所)へ企画変更した具体例

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